役者絵
歌舞伎座は当時の江戸文化の中心的位置を占めていた。富裕な市民は歌舞伎座に毎晩足を運び、人気役者の後を追い、肖像画である役者絵を大喜びで買い求めた。浮世絵に役者絵が多いのはそのためである。役者たちはたいてい一番の当たり役を演じた時の姿で版画にされ、版画によって役者の名はさらに広まった。国貞は最も成功をおさめた役者絵専門の浮世絵師の一人であった。彼はおよそ一万点もの役者絵の図案を作成したと推測されている。
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役者絵(肖像画)から学ぶ
ファン・ゴッホはおよそ90点もの役者絵を所蔵していた。彼はこの肖像画の様式にとりわけ注目していたと思われる。彼自身、表現主義的肖像画家になりたいという野心をかつて持っていた。日本の役者絵は参考にすべき良い作例であった。ファン・ゴッホは画面いっぱいに人物を大きくとらえる手法を国周のような浮世絵師たちから学んだ。彼は浮世絵のような太い輪郭線を用い、装飾性豊かで平坦な背景に人物を配した。